月亭可朝の画像

訃報が入ってきました。

落語家の月亭可朝(つきていかちょう)さん80歳が、2018年3月28日に亡くなっていたことが分かったのです。

死亡した死因は、急性肺線維症(きゅうせいはいせんいしょう)だということです。

過去には、ストーカーの容疑で逮捕されるなど、波乱万丈の落語家人生でした。

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訃報の詳細

月亭可朝の画像

出典:産経新聞

訃報が入ったのは、2018年4月9日のことでした。

 カンカン帽で「嘆きのボイン」を歌った落語家の月亭可朝(本名・清水傑=しみず・まさる)さんが3月28日に急性肺腺維症のために兵庫県内の病院で亡くなったことが9日、分かった。80歳だった。高校を卒業後に3代目林家染丸に入門するも女性問題を起こして破門。人間国宝だった3代目桂米朝にひろわれ、米朝一門の筆頭弟子となった。1969(昭和44)年にコミックソング「嘆きのボイン」を発売し大ヒット。その後も国政選挙への出馬と落選、ストーカー事件で逮捕されるなど破天荒な生きざまを貫いた。通夜、葬儀・告別式は密葬で営まれた。

引用:デイリースポーツ

落語家として活躍する一方、作詞・作曲も手がけており、1969年12月に発表された「嘆きのボイン」が、80万枚以上のセールスを記録する大ヒットを記録していました。

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月亭可朝について

月亭可朝の画像

出典:デイリースポーツ

【名前】:月亭可朝

【本名】:清水傑(しみずまさる)

【出身】:神奈川県横浜市

【生年月日】:1938年3月10日

【年齢】:80歳

【所属事務所】:フリー

大学受験を失敗したことがきっかけで、落語の世界に進むことを決め、「3代目林家染丸」に入門。

入門後1年経たずして初舞台を踏んだが、その後林家染丸に破門されてしまう。

3代目桂米朝」に再入門し、「2代目桂小米朝」の名義で活動。

テレビ番組「ヤングおー!おー!」や「11PM」に出演し、「笑点」の大阪収録にも出演し、全国的に有名になっています。

 

落語家として成功すると、1971年には参議院選挙に出馬するも落選、2001年に再び参議院選挙に出馬したが、当選は叶わなかった。

特に、2001年に出馬した際には、「一夫多妻制」にすることを公約に掲げていましたが、有権者からの支持は集められなかったようです。

直弟子には「月亭八方」や「月亭ハッピー」が、孫弟子には「月亭方正」や「月亭遊方」などがいる。

俳優として映画ドラマにも出演したことがあ梨、1985年放送のドラマ「木曜ゴールデンドラマ『主婦、逃避行」や1989年放送のドラマ「京一輪」などに出演している。

また、近年では2017年1月公開の映画「破門 ふたりのヤクビョーガミ」にも出演するなど、演技派の落語家としても知られていた。

また、ヒット曲「嘆きのボイン」が2017年11月に「嘆きのボイン2017」として新たにリリースされています。

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急性肺線維症とは?

月亭可朝の画像

出典:http://ipf.jp/ipf/about/

月亭可朝さんの死因として発表されている、「急性肺線維症」とはどのような病気なのでしょうか?

この病気は、肺胞に長期に傷が付くことで、傷を治そうとする働きが強くなり、大量のコラーゲン線維などが、肺胞の壁に蓄積されるのです。

その結果、酸素や二酸化炭素の通り道が狭くなり、酸素不足を起こし、息苦しくなってしまうものです。

女性よりも男性の方が発症しやすく、加齢とともに発症する割合が増加していくものであります。

原因について、詳細は分かっていないようですが、喫煙や加齢、生活環境や感染症などが原因になることが多いようです。

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過去には逮捕も

月亭可朝の画像

出典:https://a19750601.exblog.jp

月亭可朝さんは、2008年8月に元交際相手の女性(50代)に対して、ストーカー行為をしたとして逮捕されたこともあります。

月亭可朝さんは、この時結婚し奥さんがいましたが、旦那のいる女性と交際する、いわゆるW不倫をしていたのです。

女性から性格の不一致を理由に別れを切り出されると、彼女の自宅に10回以上も電話をかけ、自宅や職場には復縁を迫る手紙を何度も送っていたのです。

手紙の内容は、当時警察から「夜の生活について記述しているが、詳細は、ひわい過ぎて言えない」と発表。

その事件の記者会見で大きなバッシングを受けるも、事件後地方での仕事が急増したことで、「北は北海道から、南は沖縄まで行った。報道してくれた記者の皆さんには感謝」と、事件のことを完全にネタにしていたのです。

また、周囲の落語仲間からは

「正直言って、トラブルになった相手がA子さんなのか、B子さんなのか、C子さんなのかわからん」

と言われるなど、女性関係にはかなりだらしない印象だったようですね。

しかも、そこまでの騒動がありながら、その50代の女性とは復縁し、以後交際を続けたというのだから、月亭可朝さんは波乱万丈という言葉がピッタリの人物なのです。

嫁や子供など家族は?

月亭可朝さんは、家族の話はあまりしたがらなかったようですが、結婚した奥様がいること、そして娘さんがいることを公表しています。

奥様は歯科医師に紹介された女性で、過去に借金取りに来たやくざを

「なにい?あんたらやくざ?」

「やくざやったら、もうちょっとカッコのええヤクザ来てもうてくれ」

と怒鳴り散らし、退散させるほど気が強い方だったようです。

 

過去に浮気をしたことが奥さんにバレると、包丁を突きつけられたこともあると語っています。

それでも夫婦二人三脚で歩んできた人生では、娘さんがいじめられたと聞くと、すぐに飛んでいくなど、非常に家族思いだったようです。

ちなみに「娘さんは芸人になりたがらなかったのか?」という質問に対して、「嫁が芸人きらいやから無理や」と言いつつも、「娘は上沼恵美子よりおもろい」と話していたのです。

現在の画像は?

月亭可朝さんは、亡くなる直前まで兵庫県西宮市内で一人暮らしをしていたようです。

足腰が弱っており歩くのも億劫でしたが、それでも依頼が来た落語会には参加していたと言います。

ネット上には、2017年の年末に東京で行われた高座の時の画像があります。

その画像がこちら。

月亭可朝の画像

出典:ツイッター

この時には、まだまだ元気な姿を見せていましたが、3月28日永遠の眠りについたのです。

月亭可朝さんの意志は、お弟子さん達に受け継がれ、落語会で脈々といき続けてゆくことでしょう。

最後になりましたが、月亭可朝さんのご冥福をお祈りいたします。

ネット上の声

最後まで読んでいただきありがとうございます。