かこさとしの画像

出典:ホンシェルジュ

訃報が入ってきました。

絵本作家の加古里子(かこさとし)さんが、5月2日に92歳で亡くなったのです。

すでに葬儀・告別式は近親者で行っているとのことです。

かこさとしさんは、学生時代から演劇脚本を書き始め、33歳で絵本作家としてデビュー。

絵本作品は600作品以上にもなり、90歳を過ぎてからも創作活動を続けていました。

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訃報の詳細

かこさとしさんの訃報は、5月7日に報じられました。

 「だるまちゃん」シリーズなどで知られる絵本作家で児童文化研究家の加古里子(かこ・さとし、本名・中島哲=なかじま・さとし)氏が2日、亡くなった。92歳だった。葬儀・告別式は近親者で行った。後日、しのぶ会を開催する予定。

大正15年、福井県生まれ。東大工学部卒。学生時代から子供向けの演劇脚本を書き始める。昭和電工に就職し研究者として働くかたわら、川崎市内の工場労働者住宅街で子供会の世話にかかわり、自作の紙芝居を上演するなどの活動を始めた。33歳のとき、「絵本「だむのおじさんたち」でデビュー。その後、「かわ」で産経児童出版文化賞を受賞。同社で中央研究所の企画調整部長まで務めたが、47歳で早期退職し専業作家に。

著書に「だるまちゃんとてんぐちゃん」など。代表作の一つ「からすのパンやさん」は発行部数が200万部を超えた。著作は600点以上で、90歳を過ぎても旺盛な創作活動を続けた。児童文化研究家として日本の子供の遊びをまとめた「伝承遊び考」全4巻を刊行し、平成20年に菊池寛賞を受賞した。ほかに昭和50年にエッセイストクラブ賞。

引用:産経新聞

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かこさとしさんについて

かこさとしの画像

出典:https://dailynet366.com

【名前】:加古里子(かこさとし)

【本名】:中島哲(なかじまさとし)

【出身】:福井県越前市

【生年月日】:1926年3月31日

【年齢】:92歳

【没年】:2018年5月2日

【職業】:絵本作家、児童文学者、工学博士、技術士

【出身高校】:成蹊高等学校

【出身大学】:東京大学工学部

福井県越前市で生まれたかこさとしさんは、8歳の時から東京都板橋区で育っています。

成蹊高等学校を卒業後、東京大学工学部に進学し、応用学を学んでいます。

その後、研究者として「昭和電工」に入社し、研究所に勤務しながら子供向けの紙芝居うあ人形劇などの活動をしています。

 

33歳の時に「だむのおじさんたち」を発表し、47歳で昭和電工を退職し、フリーの絵本作家としての活動を開始。

「とこちゃんはどこ」はウォーリーをさがせ!の先駆けとして、絵本作家の間では有名な作品です。

とこちゃんはどこ

2008年には「菊池寛賞」を「伝承遊び考」全四巻の完成により受賞すると、2009年に「日本児童文学学会特別賞」を受賞するなど、日本の絵本の発展に大きく貢献したとしている人物なのです。

2017年には「巌谷小波文芸賞」を受賞。

 

▪かこさとしさんの作品

過去六年間を顧みて かこさとし 小学校卒業のときの絵日記
かこさとしからだの本  加古里子
たべもののたび   加古里子
からすのパンやさん 加古里子
かこさとしこどもの行事しぜんと生活 加古里子
あおいめのめりーちゃん おかいもの  かこさとし

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死因の病気は?

かこさとしさんが死去した死因とは、病気だったのでしょうか?

調べてみると、かこさとしさんは50代の時から「緑内障」の治療を続けていたようです。

▪緑内障とは

緑内障とは、目から入ってきた情報を脳に伝達する視神経という器官に障害が起こり、視野(見える範囲)が狭くなる病気のことです。治療が遅れると失明に至ることもあります。

症状は、少しずつ見える範囲が狭くなっていきます。しかし、その進行は非常にゆっくりで、両方の目の症状が同時に進行することは稀なので、病気がかなり進行するまで自覚症状はほとんどありません。
緑内障は中高年の方に起こる代表的な病気のひとつです。

引用:https://www.santen.co.jp

緑内障の原因は

 

  • 加齢
  • 眼圧
  • 遺伝

 

などの原因が考えられていますが、この病気が原因で亡くなるケースは研究からも因果関係がないと言われています。

ただ、合併しやすい病気の中には

 

  • 高血圧
  • 甲状腺機能亢進症
  • 落屑症候群

 

などの病気を併発するケースが多いようです。

このことから、かこさとしさんの死因は別の要因である可能性がありますが、92歳という年齢を考えると、老衰によって亡くなったのかもしれません。

50代の時に緑内障を患いながらも創作活動を続け、数多くの作品を残したかこさとしさん。

最悪失明にもつながるこの病気と向き合いながら、病期の進行をなるべく抑えながら執筆活動を続けていたそうです。

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娘さんについて

かこさとしさんには娘さんがおり、メディアにも露出しているのです。

長女の鈴木万里(すずきまり)さんは、かこさとしさんの創作活動について講習会などで父親ことを話す機会が多い人物です。

かこさとしの画像

出典:https://www.lib.city.fujisawa.kanagawa.jp

「かこさとし原画展」のオープニングセレモニーに出席し、挨拶をした時の写真がホームページに掲載されています。

かこさとしの娘画像

出典:http://www.seijoh-u.ac.jp

鈴木万里さんは父親のかこさとしさんの印象を次のように語っています。

父は小さい頃から、自然の景色でも人間でも、周囲をよく観察する人でした。よく観察しているからよく覚えているんですよ、昔のことを。そうやって観察していると、見えてくるものってあるじゃないですか。例えば、普段から自分の子どもの様子をよく見ている。だから、ちらっとしか通らなくても、子どもの様子をパパッと見てすぐ気が付くわけです。それで「これやってごらんなさい」とアドバイスを言ってくれたりしてね。本は「読みなさい」とは言わないけれども、よく買ってきてくれて、「この本は面白いよ」と勧められたこともありました。

引用:http://books.bunshun.jp

娘さんの語るかこさとしさんの普段の姿に、絵本作家としての本質が見え隠れするエピソードです。

本を読むことの素晴らしさを自分の娘にも伝え、そこから大きく広がっているのは、かこさんが望ぞむことを万里さんが実行しているからにほかなりません。

 

600作を超える絵本作家は、かこさん以外日本にはおらず、作品を読んだことがあるという方は非常に多いのではないでしょうか。

自身が幼少時代に読んでいたことで、自分の子供さんにも読んであげる親御さんも多いと言います。

かこさとしさんは残念ながら亡くなってしまいましたが、彼の残した作品、そして彼の子供を想う気持ちはこれからも生きていくのではないでしょうか。

最後になりましたが、かこさとしさんのご冥福を心からお祈りいたします。

長い間、本当におつかれさまでした。

ネット上の声

▶もう92やったんやな。子供の頃からよく知ってる数々の名作と一風変わった名前で印象的な人。ホンマお疲れさまでしたー。

 

▶長い間お疲れ様でした。ゆっくりしてください。ご冥福をお祈りいたします。

 

▶カラスのパン屋さんは幼き日に母に読んでもらった
今、幼い二人の娘に読んでいる
きっと私以外にも同じ方は多いと思う
今でもパンがたくさんのページを見るとわくわくする
匂いまで感じる
素敵な本を有難うございました

 

▶大好きでした!こどもの頃、沢山読ませていただきました!
そして、今、子供に読んであげています。
沢山
素敵な作品、有難うございました!

 

▶小さい頃に沢山絵本を読ませて頂きました。
ご冥福をお祈りします。

 

▶どろぼうがっこうが好きで何回も読みました。カラスのパン屋さん…。40年も前ですが当時小学校の図書館で1番人気で中々借りれなかったです。パン屋もない田舎町で育った子供にとってカラスが作るたくさんのパン食べてみたくて憧れでした。たのしい絵本をありがとうございました。ご冥福をお祈りします

 

▶幼少期、桃太郎に次いで祖父母に読んでとせがんだ本の一つです。
先生お疲れ様でした

 

▶自分が小さいときに見た忘れられない本。
からすのパンやさんの、パンを見るのが楽しみで。
子供たちの通った保育園にも必ず置いてありました。

 

▶面白い名前なので、作者名もよく覚えてました。
子供の頃、よく読んでたなぁ。

 

▶歴史に残る、日本を代表する絵本作家さんですよね。私も子供たちも、この方の絵本を見て育ちました。心よりご冥福をお祈りいたします。

最後まで読んでいただきありがとうございます。