出典:twitter

膵がんの治療を続けていた沖縄県の翁長雄志知事が8日、死去したしました。67歳だったでした。

関係者が明らかにしたもので、翁長知事は7日から意識混濁の状態に陥り、謝花喜一郎副知事が8日から職務を代理していました。

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翁長沖縄知事が急死

沖縄県の翁長雄志知事が膵臓(すいぞう)がんのため死去した。67歳だった。8月8日、朝日新聞や沖縄タイムスが速報で報じた。

翁長知事は4月に膵臓がんの手術を受け、5月15日に県内の病院を退院した。退院直後の記者会見では、ステージ2の膵臓がんとの診断を受けたと発表していた。

しかし、7月30日に再入院。謝花喜一郎副知事は8月8日に記者会見を開き、意思決定が難しい状況になったため、職務代理を置くと発表した。肝臓へのがんの転移が見つかり、8日朝に意識混濁になったという。

翁長知事は1950年生まれ、那覇市出身。米軍・普天間基地の名護市辺野古への移設に反対を訴え続けた。7月27日には、普天間基地の名護市辺野古移設に関し、前知事による埋め立て承認の撤回に向けた手続きを進めると表明していた。この日の会見を最後に、公の場に姿を見せていなかった。

引用:ハフポスト

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翁長雄志のプロフィール

出典:twitter

【名前】:翁長雄志

【読み方】:おなが たけし

【出身地】:沖縄県真和志村

【生年月日】:1950年10月2日

【年齢】:67歳

【没年】:2018年8月8日

【出身校】:法政大学法学部

【前職】:那覇市長

 

1985年に35歳の若さで那覇市議会選挙に初当選。

2000年に50歳で那覇市長に就任。

2000年~2012年まで4期務める長期政権で沖縄の発展に貢献。

2014年12月に沖縄県知事に就任。

2018年に人間ドックですい臓に腫瘍が発見され緊急切除。

2018年8月8日に膵癌のため浦添総合病院で死去。享年67歳。

. 選挙で示された県民の意思を踏みにじり、住民を暴力的に排除して基地建設を進める政府の人権侵害、地方自治や民主主義の否定。 沖縄の基地問題は沖縄だけの問題ではなくて、日本で暮らす私たちの問題だと思います。 . 翁長樹子知事夫人の心揺さぶるスピーチ。 . 稲嶺ススム市長3選めざす オール沖縄市民集会(名護市) 2018.1.12. 沖縄県知事の家内の樹子でございます。 翁長がグアムの方に出張に行っておりますので代理という事で参りました。 なにぶん素人で、マイク前にすると上がってしまって、うまくできるか本当に自信ないんですけど頑張って務めさせてもらいますので、よろしくお願いいたします。 結婚して36年目でしょうか、政治家の女房として33年目になりましたけど、いやぁ、しかし、志位委員長と同じ壇上でご挨拶する日が来るなんて本当に夢にも思いませんで、本当に光栄に存じております。どうかよろしくお願いいたします。(会場拍手) 3年前の知事選挙、翁長が現職の方を相手に、本当に有難いことに10万票の差を持って挑戦をさせていただきました。正直、圧倒的だったと思っております、あの差で。ホッとしたんです、これでもう辺野古の問題は決着がつくんだと、名護市長がNOと言ってる、県知事もNOと言った人間が当選した。
何ですかこの3年間、冗談じゃないですよね、皆さん。 政府は、しょっちゅう言う、「何の問題もない」と。 どこにいったい民主主義があるんですか? どこにあるの? 私たちの自治権は? 人権どこにあるんですか? それが何ともない事なの? 冗談じゃないと3年間、怒り続けて参りました。(会場拍手) 正直苦しいです。夫がいつも苦しい顔をしているのを見るのは辛い、女房は。 本当ですよ、あんなに明るくて、いつもいろんなことがあっても家に帰ってくるときには玄関先でそう言った苦しいのをおいて、ただいまって笑って帰ってくる人が、この3年間、笑わないんですよね。 ちょっと時間があったらすぐ部屋にこもっていろんな法律の本ひも解いたり、しょっちゅう勉強して歩くの。言ったセリフが「こんだけ学生の頃勉強していたら俺は東大だった」って(会場笑) いやー本当に必死に勉強しているんです、それなのに政府は言うことをコレッポチも耳を傾けてくれない、こんな苦しいこと、悔しいことはないです。 でも負けるわけにはいかないですよね、皆さん。 70年前の戦争で、私たちおじいおばあたちはもう命からがら、必死の思いで何とか生き延びて、私たちに命を継いでくれたんです。 両親と私たちの時代は米軍統治を経て、人権もなくて、憲法にも守られずに苦しい時代を過ごしました。 私たちは今もフェンスの中にいる・・・その時代を何とかくぐり抜けて、やっと復帰して、やっとこれで憲法に守ってもらえると思ったら、政府はあの方達です。聞いてもくれない。 沖縄県民には人権がないと言わんばかりの方達が、あらん限りの権力を持って押さえつけようとしてる。 じゃぁ負けて諦めるのか、どうですか皆さん、諦められますか?(会場「諦めない!」) そうです。諦められないし、必ず私たちはおじいおばあがやったように必ずこらえて押し返して、先の子供達にはもっといい沖縄を残したい。(会場拍手「ナトンドー!(そうだ!)」) 頑張るしかないです私たちは。 心折れないで下さいよ、大丈夫ですか? 頑張りましょうね!(拍手) 1つ、これは選挙です。 相手候補の方と稲嶺さん比べたら、Wスコアで勝っても本当におかしくないです。 当たり前、それが。 しかし相手候補には申し訳ないけど、稲嶺さんの相手は実は相手候補ではないです。国が政府があらん限りの力でもって抑えにかかってくるんです皆さん。 簡単じゃないです、これに打ち勝つのは。 私たちの心の中にちょっとでも「まあ何とか勝つでしょう」なんて気持ちがあったら結果は厳しいです。 心に刻んで、みんなで必ずこの選挙を勝って、私たちのこの闘いを必ず成就して、私たちのこの気持ちを必ず日本政府に認めさせる、沖縄の現状を国民に知ってもらう、それしか私たちには道がありません。頑張りましょうね。 必ず勝利を。 頑張りましょう、最後まで。 どうかよろしくお願いします。 . やんばる日記 2018-01-14より http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2018/01/14/142151 . 辺野古のためなら…自民が血道あげるバラマキ名護市長選 2018年1月10日 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/220850

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7日から意識を失っていた

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亡くなった病院はどこ?

翁長雄志知事が亡くなった病院は「浦添総合病院」だと報じられています。

出典:EM Alliance

この病院に4月5日から入院していた翁長知事。

先日容態が急変し7日からは意識がない状態が続いていました。

辺野古埋め立てを猛烈に反対

翁長雄志知事は沖縄県議員時代からアメリカ軍基地の辺野古基地移設に賛成していた人物で、推進した1人である。

沖縄県知事選挙への出馬が噂された頃から、一転して辺野古基地移設に反対するようになり、選挙のための口実ではないかとの批判も浴びています。

しかしながら、2014年10月に行われた青年会議所が主催した討論会では、「普天間は賞味期限切れで固定化は難しい。(事故がたまたま起きていないという)偶然という砂上の楼閣に載っている。万が一事故が起これば日米同盟そのものが吹き飛ぶ」と発言。

国に何度も辺野古埋め立てを反対する文書を出し、沖縄のサンゴが破壊されることから守っていたのです。

翁長雄志知事の激やせ画像

翁長雄志知事は長年に渡って沖縄の発展に尽力してきた人物。

沖縄知事としても約4年間務め、辺野古を埋め立てし基地を移設することを反対してきました。

そんな翁長雄志知事ですが、2018年に入ってから激やせしたことがネット上でも話題になっています。

出典:twitter

もともと太っているタイプではなかった翁長知事ですが、一時期退院した後の姿が、激やせし過ぎだとネット上でも話題になっていたのです。

悲しみの声が続出

最後まで読んでいただきありがとうございます。