2017年12月26日に放送される『ガイアの夜明け』で戦後最大の不正経理事件である『イトマン事件』が特集されますね。

 

イトマン事件の中心人物だとされているのが許永中氏です。

ここではイトマン事件の真相や事件の経由などを調べていきます。

 

また今回のイトマン事件で逮捕・起訴された許永中(きょえいちゅう)の現在についても調べていきたいと思います。

 

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イトマン事件とは?

イトマン事件の画像

出典:http://www.asyura2.com/17/hasan119/msg/309.html

イトマン事件とはバブル絶頂期に発生した事件で、戦後最大の経済不正経理事件であると言われています。

 

わかりやすく解説されていたので、そちらから文章を引用したいと思います。

大阪の繊維系中堅商社「 イトマン 」は、繊維不況の
影響で業績が悪化。経営建て直しのために、取引銀行で
ある「 住友銀行 」の役員だった人物を社長に迎えます。

おっとり的な社風を新社長は「 モーレツ経営 」で変え、
業績も回復。「 中興の祖 」と 高く評価されます。

繊維だけでは発展が見込めないと考えた社長は、
「 川下戦略 」である、消費者に近い事業を展開させる事を
決意、有名だった「 イトマンスイミングスクール 」を含む、
様々な事業を手がけますが、玩具の自販機販売事業など、
失敗する事業も出てきたり、居酒屋「 つぼ八 」は、
当初はフランチャイズの加盟側だったのを、「 儲かる事業だから 」と
役員を送りこんで乗っ取り、他の加盟店が離脱するなど 話題に
なったりします。

失敗による減益で責任を追及されることを恐れた社長は、
不動産事業の拡大に力を入れますが、実態は利益を確保する
為だけの帳簿操作にも似た、不健全なものが多数でした。

「 イトマンが不動産事業に力を入れている 」という情報を
聞きつけた、地上げ屋 I氏が社長に接近。弁舌巧みな
彼の話術に、社長は惑わされ、I氏を不動産事業の責任者に
就任させます。彼は、自分の手がけていた事業をイトマンとの
共同事業に。会社から多額の金を出させますが、それらを自分の
借金返済に充てるなど、不正行為を行います。

社長がスカウトしたI氏の事業なので役員は何も言えず、
勇気を出して忠告した幹部は左遷されたり、と 会社の
暴走はエスカレート。メインの住友銀行も さすがに危険と
感じてI氏の解任を要請。拒否した社長は他の銀行からも
金を借りるなどして事業を継続。

不動産や会計の不正が発覚、司法の手が入り、
社長やI氏は逮捕。会社は創業以来、最大の赤字決算に。

住友銀行は 社長を送りこんだ責任を感じていたのか、
イトマンは「 倒産 」ではなく、住友金属の商社部門、
「 住金物産 」に吸収され、長い歴史を誇る「 イトマン 」は
終わりをつげました。

引用:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1298025117?__ysp=44Kk44OI44Oe44Oz5LqL5Lu2

バブル時代ということもあり、お金の動きがすごいですね。

3000億以上のお金が暴力団関係の闇社会に消えたということです。

 

3000億円って想像もできないほどの大金ですよね。

そんなお金を動かした許永中氏はどのような人物なのでしょうか?

 

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許永中のプロフィール

許永中の画像

出典:ameblo.jp

【名前】:許永中

【読み方】:きょ えいちゅう

【出身地】:大阪府大阪市大淀区

【生年月日】:1947年2月24日

【年齢】:70歳(2017年12月現在)

【身長】:180㎝

【体重】:100㎏

 

許永中氏高校を卒業後は大阪工業大学に進学したようですね。

大学では柔道部で活躍していたようですが、ギャンブルにハマってしまい大学も中退しました。

 

その後は不動産関係の仕事についたようで、そこで経営術を学んだそうです。

 

また戦後最大のフィクサーと言われた大谷貴義氏に運転手兼ボディーガードとして働き

そこでフィクサーについて学びました。

 

1975年に大淀建設の社長に就任した許永中氏は、

1990年にイトマン事件を起こしました。

 

1991年7月23日に大阪地検に特別背任の疑いで逮捕されましたが、

その後6億円もの保釈金を払い、保釈されました。

 

1997年に裁判所の許可を得て韓国に旅行に行った許永中氏は、

市内の病院に入院中に逃亡をはかりました。

 

しかし1999年に国内のホテルで身柄を拘束されました。

逃亡期間中に亀井静香氏や田中森一氏などにも会っていたそうです。

 

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許永中の現在は?

許永中の画像

出典:http://dametv.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-2f73.html

逃亡を試みましたが、あえなく身柄を拘束された許永中氏の現在はどうなっているのでしょうか?

 

2001年にイトマン事件により大阪地裁は懲役7年6ヶ月と罰金5億円の実刑判決を言い渡しましたが、

許永中氏は控訴しました。

 

最高裁までいきましたが、2005年10月に最高裁が上告を棄却することが決まり、

許永中氏の実刑判決が確定しました。

 

また石橋産業から役179億円だまし取ったとして、詐欺事件で懲役6年の実刑判決も言い渡されました。

 

こちらも上告しますが、最終的に上告棄却が決まりました。

 

2012年に母国である韓国への服役を希望した許永中氏は、

国際条約に基づき、韓国に移送されることが決まりました。

 

そして2014年9月に刑期を迎える予定でしたが、韓国は2013年3月に仮釈放しています。

 

仮釈放された許永中氏はインタビューで、

「1年も2年も韓国におるわけにはいかんよ。あと半年で十分や。日本でやらなあかんことが、たくさんあるんやから。じっとしておられんよ」

引用:http://www.news-postseven.com/archives/20131007_215460.html

と語っていました。

 

ネット上の声

 

 

 

 

 

そんな許永中氏が2017年12月26日に放送される『ガイアの夜明け』で今回のイトマン事件について激白されるとのことです。

 

 

 

 

許永中氏がテレビで語るのは初めてのことなので、イトマン事件について新事実が出てくるかもしれませんね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。