瀬戸内寂聴さんが金スマで壮絶な過去を激白しています。なんでも恋愛は不倫が醍醐味なんだそうで、過去にそれが原因で父親と縁を切っているんだとか。瀬戸内寂聴さんの過去になにがあったのでしょうか?金スマの内容がとても気になりますね。

 

金スマではホリエモンこと堀江貴文さんとの対談もあるそうでこちらも楽しみです。

 

 

そこで瀬戸内寂聴は結婚していたのか?年齢はいくつなのか?金スマで語られた過去とは?子供はいるのか?旦那のDVがひどかった?子宮作家?不倫相手が自殺した?

 

こんな疑問に答えていきたいと思います。

 

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瀬戸内寂聴のプロフィール

 

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名前:瀬戸内寂聴

読み:せとうちじゃくちょう

本名:瀬戸内晴美

出身:徳島県

生年月日:1922年5月15日

年齢:91歳(2014年現在)

職業:小説家

活動期間:1956年~

 

■代表作

  • 『夏の終わり』(1963年
  • 『花に問え』(1992年)
  • 『場所』(2001年)

 

■主な受賞歴

  • 新潮同人雑誌賞(1956年)
  • 田村俊子賞(1961年)
  • 女流文学賞(1963年)
  • 谷崎潤一郎賞(1992年)
  • 芸術選奨(1996年)
  • 野間文芸賞(2001年)
  • 文化勲章(2006年)
  • 泉鏡花文学賞(2011年)

 

新潮同人雑誌賞を受賞した「花芯」はその過激な内容と子宮の単語が多かったことから、瀬戸内寂聴は『子宮作家』と呼ばれバカにされた時代があったそうです。

 

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瀬戸内寂聴の生い立ち

 

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徳島県の徳島市で生まれ育った瀬戸内寂聴さんは元々の姓は『三谷』でしたが、父が従祖母の家である瀬戸内家の養子になり、姓が『瀬戸内』に変わりました。

 

小説家を目指していたものの、東京女子大学に在学中21歳で結婚し、旦那さんの仕事の関係で北京に同行します。

 

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瀬戸内寂聴は不倫していた?

 

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北京から帰国後、瀬戸内寂聴さんは旦那さんの教え子と、不倫関係になり、旦那さんや子供を残してその教え子と駆け落ちした過去をもっています。※夫の家庭内暴力もその原因だったようです。

 

 

そのことが原因で、父親とモメた挙句、親子の縁をきられてしまったのだとか。まあ今でこそ不倫は文化だとかいう人もいるくらい(石田さんすいません)割りと許される面がありますが、当時は不倫といったら言語道断!ましてや女性の立場が社会的にもかなり低い時代でしたので、女性の不倫は特に父親も許せなかったのではないでしょうか?

 

 

しかし不倫をするだけでも大事なのに、相手が旦那さんの教え子ですからね。これじゃあ父親に縁を切られてもしょうがないかなって思っちゃいます^^;

 

 

その後今度は妻子持ちの相手と不倫に落ち、一時期は三角関係になるほどのドロドロっぷりだと聞いて、昼の連ドラもびっくりな過去を持っているんですね。

おそらくここらへんの時期が後に紹介しますが。自伝小説映画『夏の終わり』の時期かと思われます。

その後旦那さんの教え子だった彼との関係は終わり、その彼は事業に失敗して自殺してしまったとか。

 

 

そんな瀬戸内寂聴さんの名言の中に

 

 

『本当のね、恋の醍醐味は不倫ですよ』

 

 

経験者しか言えないすごい言葉ですよね^^;

どこぞの「不倫は文化だ」のセリフとは重みが違います。

 

という瀬戸内寂聴さんの本来のイメージからは、想像がつかない言葉ですが、自身の過去の経験から出た言葉なのですね。

 

 

そんなこんなで過去にいろんな経験を重ねた瀬戸内寂聴さんは1973年に51歳で岩手県の中尊寺にて出家し、現在の名前になっています。その後1987年に岩手県の天台寺にて住職に就任し、2005年まで続けていました。

 

出家を決意したのはやはり過去の不倫したことに対する、罪滅ぼしの意味もあったんでしょうね。

 

過去に父親と絶縁状態だったといいましたが、出家後に和解されたそうですよ^^

 

 

そんな波瀾万丈な過去を持つ瀬戸内寂聴さんですが、自伝小説である『夏の終わり』が映画化され話題になりました。

 

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瀬戸内寂聴さん役に女優の『満島ひかり』さん。

妻子を持つ年上の作家役に『小林薫』さん

一途な恋を求める学生役に『綾野剛』さん

 

 

瀬戸内寂聴さんの過去の実際の経験を映画化しています。この2人が不倫相手なのでしょうかね?わたしはまだ見ていませんが、2013年8月に公開しているので、まだ記憶にあたらしい方も、多いのではないでしょうか?

 

 

 

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住職を引退後

 

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住職を引退した瀬戸内寂聴さんは、各地での講演会などを通じて、悩める人々に救いの手を差し伸べています。特に犯罪者の方とも積極的に交流し、本人たちの相談に耳を傾けていたといいます。

 

 

中でも有名なのが麻薬の常習犯であった、萩原健一さんとは積極的に交流をはかり、萩原さんの更生に力を注いでいたといいます。

 

 

また複数の死刑囚とも文通などで交流をはかり、いかに死刑囚といえども人権があることを、身を持って世間に知らせてくれました。

 

 

瀬戸内寂聴の名言集

 

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さて今までのイメージからすると、壮絶な過去を経験してきた瀬戸内寂聴さんのありがたい名言集を紹介します。見ているだけで心が洗われますよ。

 

相手の立場に立ってモノを考えれば、人間は他者のためにどんなことでもできるのです。

 

どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒してくれます。そのことを京都では『日にち薬(ひにちぐすり)』と呼びます。時間こそが心の傷の妙薬なのです。

 

あなたは苦しんだ分だけ、愛の深い人に育っているのですよ。

 

お子さんに「何のために生きるの?」と聞かれたら、「誰かを幸せにするために生きるのよ」と答えてあげて下さい。

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あなたはたった一つの尊い命をもってこの世に生まれた、大切な存在です。

 

大抵の人間は自分本位です。特に女性は、自分中心に地球が廻っていると思っていて、思い通りにならない現実に腹を立てて愚痴ばかり言うのです。思い当たることはありませんか。

 

人に憎しみを持たないようにすると、必ず綺麗(きれい)になりますよ。やさしい心と奉仕の精神が美しさと若さを保つ何よりの化粧品なのです。

 

心を込めて看病してきた人を亡くし、もっと何かしてあげればよかったと悲しみ悔んでも、亡くなった方は喜びません。メソメソしているあなたを見てハラハラしていることでしょう。早く元気を取り戻して下さい。

 

いかがですか?この書いてある言葉を見ているだけで、自然と涙が出てきませんか?

涙が出てこない方は、今非常に満たされている方です。過去にいろいろ苦労された方も、自分に当てはまるものも、あるのではないでしょうか?

 

さてさて意外にも不倫や父親との縁切りなど、波瀾万丈な経験をされている瀬戸内寂聴さんですが、こういった人にはできない過去の経験があるからこそ、人にものを説くその言葉にも説得力というか、力が宿るのではないかなと思います。

 

ネットなどで調べても、瀬戸内寂聴さんの評判というのは決してよくないのは、やはり過去のこういった起こしたことがネックになっていると思います。

 

ですが今の世の中は、間違いやミスをした人間はとことん叩かれてしまう傾向があり、それが怖くて思い切った行動に移せなかったり、人との交流を控えようとする傾向があると思うんです。

 

間違ったことやミスすることは、決していいことではないですが、人はそこから何かを学び成長していくのもまた事実です。あるスポーツの監督は

 

「試合で勝った時よりも、負けた時にこそ成長するヒントがあるんだ」

 

という言葉もあるように、失敗は成功のもとなんです。世の中のみんなが人の失敗に寛大になり、お互いにフォローし合える関係というのが、”信頼できる”関係なのだと、瀬戸内寂聴さんの名言を見ていてそんなことを感じてしまいました。

 

さて長くなりましたが、瀬戸内さんのおっしゃるように、鏡で自分の笑顔を見た時に、イキイキしていられるような人生をわたしは送っていきたいですし、みなさんにもそんな人生でいてほしいと思いました。