レビ朝日のアナウンサーで報道ステーションに出演している富川悠太アナに関して、子供がダウン症だとい噂は嘘だったと話題になっている。

 

富川悠太アナといえば、私生活や更迭の噂などが話題になっている。

 

また、安倍総理との出来事や腕時計なども話題になっているようだ。

 

そこで富川悠太アナに関して・・・

 

  • 身長や体重に高校大学は?
  • 年齢や血液型に生年月日は?
  • 子供がダウン症なのは嘘なの?
  • 結婚した嫁はだれ?画像はある?

 

こんな疑問に答えていきたいと思う。

 

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富川悠太のプロフィール

 

 

【名前】:富川悠太

【読み方】:とみかわ ゆうた

【出身】:愛知県名古屋市

【生年月日】:1976年9月3日

【星座】:おとめ座

【年齢】:40歳(2017年5月現在)

【身長】:175cm

【体重】:非公表

【血液型】:O型

【デビュー】:1999年

【所属】:テレビ朝日

【趣味】:映画鑑賞、スポーツ観戦、カラオケ、運動

【特技】:バドミントン、野球、水泳、寝たら嫌なことをすぐに忘れる

【資格】:英検2級、教職免許、スキューバダイビング

【自覚する長所】:何事も思い立ったらすぐに行動に移す、明るく元気

【自覚する短所】:後先考えず突っ走ってしまう

【好きな映画】:タイタニック、となりのトトロ、メジャーリーグ

【好きな芸能人】:松平健

【尊敬する人物】:原辰徳

【苦手なもの】:神経衰弱

【座右の銘】:念ずれば花開く

【学歴】

  • 東京都立国立高等学校
  • 横浜国立大学体育学部小学校教員養成課程体育専攻

 

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富川悠太の経歴

 

 

知県名古屋市で生まれ育った富川悠太は、幼少時代から体を動かすことが大好きで、

将来は相撲取りか野球選手に憧れていたという。

 

高校時代は野球部に所属しており、ショートのレギュラーだったという。

 

 

大学では教職員免許を取得するなど、アナウンサーとは違う路線を進んでいた富川悠太だったが、卒業後に就職したのはテレビ朝日だったのである。

 

というのも彼は大好きなスポーツ中継の実況を、自身でやってみたいという願望が強かったからである。

 

 

ただ入社以前から「報道だけはやりたくないです」と口にしていたという富川悠太だが、彼の経歴を見るとニュース番組への出演が多く目立つのはなんとも皮肉である。

 

テレビ朝日のアナウンサーの中でも、地味な存在だった富川悠太が一躍注目を集めたのは「報道ステーション」のメインキャスターに抜擢されたことである。

 

 

前任の古舘伊知郎が休暇の時に度々出演していたこともあり、当初は代わりが見つかるまでのつなぎのアナウンサーだと思われていた。

 

しかし思いの外、視聴者の方からの反応がよく1年以上経過した現在でも出演中である。

 

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結婚した嫁は?

 

 

てイケメンアナウンサーとして人気を集めている富川悠太。

 

彼が結婚した嫁のことが話題になっているようなので調べてみた。

 

まず結婚したのは2006年11月であり、

お相手の方は一般の女性だという。

 

 

2年ほど交際していたようで、嫁さんの実家が広島だったことから、交際期間の大半は遠距離恋愛だったという。

 

画像やその他の詳細なども気になるところだが、それ以外の情報は公表されていないようである。

 

 

子供がダウン症なのは嘘

 

 

川悠太は2人の子供がいることを「徹子の部屋」にゲスト出演した際に公表している。

 

長男の立夢(りずむ)君は2017年現在9歳になる年であり、次男の(かなで)君は5歳になる年である。

 

 

さてここで富川悠太を検索で調べてみると「子供 ダウン症」というキーワードが上位にランクインしており、注目度の高さがうかがえる。

 

これは事実なのかと調べてみたが、

彼の子供がダウン症という噂は全くのデタラメである。

 

そもそも上の画像を見ていただければ分かる通り、ダウン症患者特有の顔つきではないことが分かる。

 

 

ではなぜこういった噂が浮上したのだろうか?

 

富川悠太には重病のALSを患い、2014年に亡くなったいとこがいるのだが、そのことがテレビで放送されたことで”ダウン症”というワードが浮上したのだろうか?

 

ALSとは「筋肉萎縮性側索硬化症」といい、発症すると筋肉が徐々に衰えていき、呼吸が困難にまでなってしまう病気である。

 

10万人に1人がかかる病気であり、現在発症の原因や治療法などは見つかっていないまさに難病なのである。

 

 

富川悠太はいとこの病気のことを広く知ってもらうために、自ら取材をし将来この病気の治療法が見つかるための種まきをしたのである。

 

「笑顔の約束~難病ALSを生きる~」としてテレビ朝日で放送され、大きな反響があったようだ。

 

翌年には民放連のテレビ教養部門で優秀賞を受賞するなど、このことがきっかけでALSに対する世間の関心が高まったのである。

 

 

当初はやりたくなかった報道の力で、未来の難病患者を救うきっかけを作った富川悠太。

 

これからは生粋の報道マンとしてさらなる飛躍を期待したい。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。