みなさん、こんにちは。

今回は女優の小山明子(本名:大島明子)さんについて書いていきます。

 

 

1月16日放送の「徹子の部屋」に小山明子さんが出演されます。

 

夫は映画監督の「大島渚」さんで、子供や息子の職業や写真若い頃の画像や孫の存在について書いていきたいと思います。

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小山明子のプロフィール

 

プロフィール

【名前】:小山明子(こやまあきこ)

【本名】:大島明子(おおしまあきこ)

【出身地】:神奈川県横浜市鶴見区

【生年月日】:1935年1月27日

【年齢】:88歳(2023年1月現在)

【身長】:160cm

【血液型】:AB型

【趣味】:落語鑑賞、競馬、麻雀、水泳

【職業】:女優、声優、ナレーター、評論家

【デビュー】:1955年

 

今年で芸能生活68年にもなる小山明子さんは、昭和10年生まれの88歳になります!

いやあ、88歳とは思えないくらいお若いですよね!

 

ちなみに出生した時の本名は「臼井明子(うすいあきこ)」といいます。

 

小山さんの学歴はこちらです。

 

・誠之国民小学校→呉服国民小学校→鶴瀬国民小学校

・鶴見小学校

・神奈川県立鶴見高校

・大谷学園横浜ドレスメーカー女学院

 

小学校を2回も転校して、合計で3校の小学校に通っているんですね。

小さい頃は、転校先の学校でいじめられるなど色々と苦労なさったそうです。

 

それでは小山明子さんの経歴を見ていきましょう!

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小山明子の経歴

 

小山明子さんは1935年(昭和10年)に千葉県で生まれています。

 

父親は旭化成のサラリーマンを経て、貿易会社を経営する会社社長でした。

母親はキリスト教を信仰するクリスチャンだったそうです。

 

家庭は5人きょうだいで小山さんは末っ子で、上に兄が4人いました。

本当は姉がいたのですが、生後わずか3日で亡くなっているそうです。

 

 

貿易会社で働いていた父親の仕事の関係で、2歳からは朝鮮で1年ほど生活。

小学校は3校に通っていて、転校先ではいじめられないために「大阪弁」を覚えて威嚇していたといいます。

 

子供の頃は体質が弱く、よく病気を患っていたといいます。

引っ越しが多かった小山さんは、鶴見に定住するようになり、小中高と鶴見で過ごしています。

 

 

10歳の頃には母親が胃がんを患い、42歳の若さで他界してしまいます。

 

高校卒業後に出演した「ファッションショー」がきっかけでスカウトされ、松竹芸能に入ったことが芸能界入りするきっかけでした。

 

ちなみに「小山」は母親の旧姓だということです。

 

1955年に映画「ママ横を向いて」で女優としてデビューすると、

1969年に映画「少年」で毎日映画コンクール助演女優賞を受賞。

 

 

ドラマ「あかんたれ」ではドラマのヒットもあり、格式に厳しい成田屋のご寮さん演じる小山さんの演技力の高さが注目されています。

 

2001年には個人事務所「小山明子事務所」を設立すると、活躍の範囲をコメンテーター、声優・ナレーターと広げていきます。

 

執筆活動も行っており1988年の初出版から現在までに6冊の著書を出版しています。

2008年には「日本文芸大賞エッセイ賞」を受賞し、その評価も非常に高いものとなりました。

 

 

しばらくは映画に出演していませんでしたが、2013年2月公開の映画「インターミッション」で25年ぶりに映画出演。

 

2021年には「日本アカデミー賞会長功労賞」を受賞するなど、現在でも活躍しています。

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夫,大島渚との出会いや馴れ初め

 

小山明子さんは1960年に25歳の年齢で、映画監督の大島渚さんと結婚しています。

お二人の馴れ初めはどのようなものだったのでしょうか?

 

小山さんは20歳のときに大島監督と知り合っていますが、大島監督は23歳だったそうです

デビュー後2作品目に出演した映画「新婚白書」の助監督を務めていたのが、大島渚さんでした。

 

撮影期間でお互いのオフが一緒になったことでデートに誘い、京都で一緒にボートになるなどし交際に発展しました。

 

 

交際してから5年での結婚で、結婚後小山さんは松竹芸能を退社しています。

交際期間の5年間で実に360通以上のラブレターをやり取りしていたそうで

 

「世界トップクラスの監督になって君をカンヌに連れて行く」

 

という大きな決意が書かれた内容だったそうです。

ちなみにプロポーズしたのは小山さんからだったようで

 

「あなたのお嫁さんになることにしたわ」

 

とプロポーズし1960年に結婚するに至りました。

結婚後は大島渚監督の多くの作品に小山さんは出演しています。

 

おしどり夫婦として知られていましたが、2013年1月に大島さんは80歳で亡くなってしまいます。

死因は肺炎だったということです。

 

 

大島さんは脳出血を患っており、96年には右半身が麻痺、2001年には十二指腸潰瘍穿孔でほとんど寝たきりの状態になってしまったといいます。

 

そんな大島さんを献身的に介護し、毎日の血圧や食事内容などをノートに記載。

介護のために仕事も最小限に抑えて、夫を支え続けました。

 

介護中は疲労や大島プロダクションのスタッフからの心無い言葉などで重いうつ病を発症。

2001年から4年間もの間、閉鎖病棟への入退院を繰り返したがうつ病を克服しています。

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子供(息子)の職業や年齢,画像

小山明子さんと大島渚さんには息子さんが二人います。

 

長男:大島武(おおしまたけし)1963年生

次男:大島新(おおしまあらた)1969年生

 

長男の大島武について

息子の大島武さんは湘南高校から一橋大学社会学部を卒業しています。

NTT社員を経て「東京工芸大学女子短期大学」の講師に就任。

 

大島武さんの顔画像はこちらです。

 

引用元:https://www.townnews.co.jp/0404/2013/03/15/180304.html

 

2012年には教授に就任すると、経営学者としてビジネス実務論などのプレゼンテーションを行い、2003年には「ベスト・エデュケーター・オブ・ザ・イヤー最優秀賞」を受賞。

 

すでに結婚しており、妻は「湘南高校」の同窓であり、息子さんも同じ高校なんだそうです。

次男の大島新について

次男の大島新さんは湘南高校⇒早稲田大学第一文学部を経てフジテレビに入社しています。

フジテレビではディレクターを務めており、主にドキュメンタリー番組を担当していました。

 

大島新さんの顔画像はこちらです。

 

引用元: https://mobile.twitter.com/oshimaarata

 

フジテレビ退社後は「フリーディレクター」として活動。

2007年には映画「シアトリカル」で「日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞」を受賞しました。

 

次男の新さんもすでに結婚しており、結婚相手は早稲田大学の同級生でした。

 

小山明子さんにはすでに5人のお孫さんがいるということです。

具体的な年齢は公開されていませんが、すでにお孫さんも大人になっており、2人で一緒に旅行に行くほど仲が良いそうです。

 

またお孫さんの1人はピアノが得意でなんだそうで

 

「私のお葬式には『戦場のメリークリスマス』を弾いて」

 

とお願いしているのだそうです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は女優の小山明子さんの、旦那大島渚さんとの馴れ初めや息子さんについて書いていきました。

 

小山さんが生まれた時にはまだ戦争中で、何回も転校したり、母親が10歳のときに亡くなるなど、非常に苦労している方なんだという印象です。

 

夫の介護でも自分がうつ病になってしまっても、克服していったのはすごいの一言ですし、「次生まれ変わっても夫と結婚したい」という言葉にも惚れ惚れします。

 

80歳になった時には、息子さんにお祝いとして「ロレックス」の腕時計を買ってもらったそうです。

この時計は自分が亡くなったあとは、次男の嫁に形見分けするつもりなんだそうです。

 

自分が亡くなっても周りには迷惑をかけないようにと、75歳から終活を開始しており、認知症になったら施設に預けてもしものときは「延命措置はしないで」と伝えているといいます。